Story so far|大序章「香の呪縛」
封星の庭の眠り 〈黄金の香室、白檀と蜜、苺を守る金の雫〉 〜 苺の祈り 〈双子星の瞬き、砦への祈り、胸元で息づく苺の香〉
《星語》を中断されたセラフィナは、王太子の正妃の香室で眠り続けます。
彼女を守るため三夜の規を破ったアルディスには、王太子としての正統性を失う危険が迫り、セラフィナには王都追放の裁定が下されます。
一方、第三夜《星結》ではエヴァリエが赤薔神の聖女として選ばれます。
それぞれの思惑と誤解が交差するなか、セラフィナは聖女になれなかった自分と向き合い、初めて父から離れられる安堵を認めます。
Ⅰ
封星の庭の眠りと、追放の告
《星語》から連れ出されたセラフィナは、継星の館・封星の庭にある正妃の香室で眠ります。
寝台へ横たえたとき、アルディスはセラフィナの左耳の裏に、蜂蜜を透かしたような金色の雫があることに気づきます。
触れて伝わってきたのは、温かく清らかな力。
害意はない。
セラフィナを守ろうとする気配があります。
「セラフィナに味方する存在がある」
そう感じますが、それが何なのかまでは分かりません。
正体の分からない金の雫を前に、アルディスは彼女が完全に一人ではないことだけを受け取ります。
夜明け前。
テオドールが継星の館を訪れます。
香塔は王権と神殿へ正式に抗議し、大主座はセラフィナの追放を求めていました。
追放されれば、父ダリウスのいるリュミエール領へ戻される可能性が高い。
テオドールは、それがセラフィナの幸いになるとは考えられないと訴えます。
さらに《星語》には神の息と、青椿神のわずかなまなざしが残っていたことを告げます。
そして、
「セラフィナを、お救いください。殿下にしか頼れません」
とアルディスへ願います。
もし評定でセラフィナを救えたなら、神殿が秘匿してきた行方不明者の全記録を渡す。
テオドールやレナートが集めながら、大主座によって止められてきた記録です。
さらに評定では、副主座コルネリアや天文監カミュールにも助力を求められるよう道をつなぎます。
評定へ向かう途中、アルディスはダリウスと対峙します。
ダリウスが怒りを向けたのは、《星語》からセラフィナを連れ出したことだけではありません。
正妃の香室へ入れたこと。
さらに、
「王太子妃の候補など、絶対に許されぬことだ」
とまで口にします。
アルディスには、なぜダリウスがその扱いまで知っているのかという疑問が残ります。
十二椅子の評定では、大主座がセラフィナの庇護解除と追放を求めます。
アゼルは異端審問を主張。
さらに禁を破ったアルディスについても、王太子としての正統性が問われます。
アルディスは、自分がここで弁明すれば、セラフィナまで「王太子を惑わせた女」として扱われかねないと考え、沈黙を選びます。
午前の評定で決まったのは、セラフィナを王都から追放すること。
送り先と、アルディス自身の処遇は午後へ持ち越されます。
その頃。
正妃の香室で、セラフィナが目を覚まします。
《星語》について残っているのは、金と七彩の光が編まれていく記憶と、その後に差し込んだ黒いもの。
そこから先は抜け落ちています。
アルディスは、自分が儀式を中断させたこと。
セラフィナを正妃の香室へ運んだこと。
形式上、王太子妃候補として扱ったこと。
そして、追放が決まったことを伝えます。
セラフィナが最も恐れたのは、追放そのものより、その行き先でした。
「……追放、とは……リュミエール領へ、ということですか」
アルディスは答えます。
「送り先はまだ決まっていない。だが――領には帰させない。それだけは約束する」
セラフィナはまだ、自分がどこへ行くのかを知りません。
追放という現実の中で、父のもとへ戻さないという約束だけを受け取ります。
Ⅱ
正統性の猶予と、白檀が選ぶ代償
午後。
評定では、セラフィナの送り先とアルディスの処遇が改めて議論されます。
ダリウスは、父としてリュミエール領へ引き取ることを求めます。
神殿や香塔からも、それぞれの立場から意見が出されます。
そのなかでアルディスは、まず自分への処分を受け入れる意思を示します。
そのうえで、セラフィナについて求めます。
追放ではなく、療養として扱うこと。
療養先を、自分の領であるセヴェラン砦とすること。
カミュールは、セラフィナの宿香に濁りはないと証言します。
テオドールも、遠い地で魂を休ませる道を支持します。
レナートやクレヴァンも静養案へ加わります。
最終的に、
セラフィナは王太子領セヴェラン砦で静養。
アルディスの処分は、これまでの軍功を考慮して猶予。
という形に落ち着きます。
名目は「療養」。
王都から遠く離されることに変わりはありません。
それでも、リュミエール領へ戻される道は退けられました。
評定後。
クレヴァンから、アルディスへ正式な内容が告げられます。
猶予は二年。
療養先はセヴェラン砦。
その二年間で、王太子としての正統性を立て直さなければなりません。
けれど、その夜のアルディスには、もうひとつ見届けるべきことがあります。
エヴァリエの第三夜《星結》。
過去の失踪は、《星結》を終えた後に起きていました。
神殿内部へ王太子軍は入れません。
それでもアルディスは、外側から神殿の動線と、聖女選定局――特にヴァルドの動きを記録させます。
今年も候補を消させるわけにはいかない。
そしてエヴァリエについて、
「彼女もまた、道具として扱われている。その尊厳を守る」
と告げます。
セラフィナを守るために自分の立場を危うくしたあとも、もう一人の候補であるエヴァリエを放置しません。
Ⅲ
棘の抱擁と、薔薇印の朝
第三夜《星結》を迎えたエヴァリエ。
儀式の前、グレイオスからセラフィナについて聞かされます。
妹は隔離観察中。
聖域の記録には「不純の疑い」が残された。
エヴァリエが、
「……やはり、お父様と?」
と尋ねると、グレイオスは、
「父親の存在が、あの子の香に影を落としたのだろう」
と答えます。
エヴァリエはそれを、セラフィナが父を受け入れたために不純になったのだと受け取ります。
グレイオスはさらに、《香星環》を授けます。
赤薔神との契りを定着させ、神との結びを深めるためのもの。
そう説明され、エヴァリエは香印が現れるとされる左腿へ装着します。
《星結》の祈りのなかで、赤い光と薔薇の花びらが現れます。
そこに現れた赤薔神は、
「その香は、俺のものだ」
とエヴァリエへ告げます。
やがて左腿に棘の線が走り、薔薇印が現れます。
「棘は、薔薇を抱く」
エヴァリエは、自分が赤薔神に選ばれたことを確信します。
一方、グレイオスの内心では、セラフィナの香からダリウスの痕跡など見えていませんでした。
《不純》の記録は、アルディスが《星語》へ介入した件によるものです。
父の名を持ち出し、「セラフィナが父を受け入れた」と考えたのはエヴァリエ自身でした。
グレイオスはその誤解を否定しません。
話を合わせれば、エヴァリエは自らを追い込み、より完璧な聖女を目指そうとする。そう考えて、訂正せずに利用します。
さらにグレイオスとヴァルドは、セラフィナについて言葉を交わします。
「あれはまだ、眠っている」
「芽吹きを確かめるなら――私の手の届くところでこそ、だ」
セラフィナの何が眠っているのか。
何を芽吹きと呼んでいるのか。
その答えはまだ分かりません。
翌朝。
グレイオスはエヴァリエへ、セラフィナの行き先がセヴェラン砦に決まったことを伝えます。
そして、それをアルディスが自らの潔白を示すために選んだ冷徹な判断だと説明します。
エヴァリエは、
妹は王太子殿下にすら見捨てられた。
と受け取ります。
その一方、自分は赤薔神に選ばれた。
自分の道こそ王太子妃へ続いているのだと考えます。
誓の間では、エヴァリエの薔薇印が正式に確認されます。
王権。
神殿。
香塔。
三者が、彼女を赤薔神の聖女として認めます。
その後、カシウスがエヴァリエから祝福を受け、王の左腿にも同じ棘ある薔薇印が現れます。
その場でアルディスと目が合ったこと。
王と聖女の祝福を見つめる白檀がわずかに揺れたこと。
エヴァリエは、
彼も、この清らかな私から祝福を受けたかったのだ。
と受け取ります。
けれどアルディス側では、同じ朝を別の意味で見ています。
クレヴァンから最初に告げられたのは、
「今回、行方不明者は出ませんでした」
という報告でした。
アルディスがエヴァリエへ向けた頷きも、《星結》を終え、無事に戻ってきた候補への礼。
今年は誰も失わせなかったという確認でもあります。
エヴァリエは、自分の道を得た。
アルディスはそう受け止めます。
同じ視線と白檀の揺れを、二人はまったく違う意味で受け取っていました。
Ⅳ
薔薇の祝宴と、苺の祈り
二十三年ぶりの聖女誕生を祝う宴が、王宮で開かれます。
儀式司祭から、
「王太子殿下、聖女を御伴に」
と告げられ、アルディスは立ち上がります。
アルディスが確かめたいのは、《星結》の夜にエヴァリエが何を見て、何を聞いたのか。
無事に戻った本人の様子から、少しでも情報を得ようとしていました。
ところが、手を差し出そうとしたところでカシウスが、
「今宵は、儂が行こう」
と立ち上がります。
アルディスは父王へ役目を譲り、エヴァリエから直接話を聞く機会を失います。
祝宴では、リ・ヴァリエール侯爵もアルディスへ挨拶します。
《星結》まで進みながら選ばれなかった娘ルセリアが、やがて花宵を迎えること。
そのときは王太子の視界の端にでも置いてほしいと願います。
アルディスは、
「花宵の夜、場に立たれるなら、その姿をしかと見届けよう」
と答えます。
同じ祝宴を、エヴァリエは別の意味で受け取っています。
アルディスが自分へ手を差し出そうとした姿を、
あの方は、私のもとへ来ようとしてくださった。
と考えます。
周囲からは、母リリカを思わせる薔薇香だと称えられます。
選ばれた聖女として祝福される一方、父ダリウスは娘として彼女を抱きしめることも、手を伸ばすこともありません。
そしてエヴァリエは、ルセリアの母であるリ・ヴァリエール侯爵夫人と話します。
《星結》まで進みながら選ばれなかったルセリアについて、夫人は、
「私たちは、親として、ただそれを支えるだけですわ」
と語ります。
娘の努力を覚え、悔しさも抱えながら、その先の道を支える親。
エヴァリエはその姿に触れ、自分の父との違いを意識します。
同じ日の昼。
継星の館では、セラフィナへ正式な裁定が告げられます。
副主座コルネリアが、
「――庇護を解く」
と宣言します。
ただし行き先は、王太子領セヴェラン砦。
追放ではなく静養。
聖女は赤薔神のエヴァリエと定まり、セラフィナは香姫寮へ戻ることもなく、香姫としての務めもここで終わります。
コルネリアはさらに、アルディスが自らの正統性を問われる危険を承知のうえで、セラフィナの行き先を変えたことを伝えます。
己の座を揺らしかねないと分かっていても、セラフィナを守ることを選んだ。
その事実は胸に留めておくよう告げます。
コルネリアが去ったあと、セラフィナはテオドールから最後の祈りを受けます。
神殿の庇護も。
香姫としての生活も。
長く過ごしてきた場所とのつながりが終わります。
その夜。
ひとりになったセラフィナは、自分の中にある思いへ向き合います。
聖女になれなかった悲しみよりも、父から離れられることへの安堵のほうが大きい。
「少しだけ、ほっとしてしまっている」
そしてようやく、
「お父さまから離れられることが、こんなに安心だなんて」
と、自分の本音を認めます。
望んでいたのは、聖女の座そのものよりも、父のもとから逃れることだったのかもしれない。
そう気づき、支えてくれた人たちへの申し訳なさも覚えます。
けれど、祈ってきた気持ちまで偽物だったわけではありません。
「祈る気持ちは本物。祈るのは嫌いじゃない、むしろ好き」
決められた形へ自分を押し込めることは苦しくても、祈りたいという思いは残っています。
《星語》で見た黒い影の正体も。
自分がなぜ聖女に選ばれなかったのかも。
まだ分かりません。
それでも、
「……それでも、神さまは優しいと思いたい」
と願います。
そして、祝祭の鐘が鳴る王都の夜へ向けて、
「エヴァリエ姉さま、おめでとう」
と姉を祝います。
朝になれば、馬車が来る。
行き先は、地図の端に名を知るだけのセヴェラン砦。
そこがどんな場所なのか、何が待っているのかはまだ知りません。
それでも、父の香のない場所へ向かえる。
その小さな安堵を胸に、セラフィナは遠い砦へ祈ります。
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