Story so far|大序章「香の呪縛」
孤独な薔薇 〈午後の石室、薔薇香ひとしずく、昼鐘の金が冷える〉 〜 静謀の開幕 〈紙音と香温、星結後の欠落、三夜の分担〉
聖女候補となった双子は、それぞれ違う場所で、自分の選んだ道と向き合い始めます。
妹を傷つけた言葉を悔やむエヴァリエ。父や姉への恐怖を抱えながらも、ソレイユや周囲の人々に支えられるセラフィナ。
その一方で、王家では婚姻と聖女をめぐる思惑が動き、迎暦評定では双子星が示した「古い契り」と、二人の候補へ向けられた星の兆しが語られます。
Ⅰ
言ってしまった言葉と、エヴァリエの孤独
セラフィナを傷つける言葉を残したエヴァリエは、自室へ戻ると、ひとりでその後悔に向き合います。
「清らかな私と、汚れたあなた」
そう言い切ったものの、本当は父が妹の部屋から出てきた夜が怖く、セラフィナ自身の口から「違う」と否定してほしかった。
苺香に本当に穢れがあると分かっていたわけではありません。
見たものを受け止めきれず、自分を守るために「穢れ」という言葉へ逃げ、妹を遠ざけてしまった。
エヴァリエはそれを悔やみます。
同時に、自分とセラフィナに付けられた評価の差にも傷ついていました。
そして、
誰にも本当には愛されないのなら、せめて神に選ばれるほど完璧な存在になりたい。
聖女となり、いつかアルディスを支えられるほど清く強い自分でありたい。
その願いも捨てられません。
次に妹へ会えたなら、違う言葉を渡したい。
後悔と願いを抱えたまま、エヴァリエは候補としての顔を保ちます。
Ⅱ
白き友へ重ねた、新しい守りの意味
一方、セラフィナは典礼を終えたあと、愛馬ソレイユのいる厩舎へ向かいます。
祈りの型や聖女候補としての重圧から少し離れられる厩舎は、彼女にとって息をつける場所でした。
左手首には、ソレイユの白いたてがみで編まれた腕輪があります。
独特の編み方は、五年前に別れた幼馴染ノアの手癖でした。
セラフィナは、馬の入れ替えの便に紛れて、成人祝いとして置いていってくれたのだろうと考えます。
ソレイユのたてがみに薄紅の飾り紐を結びながら、セラフィナは新しい意味を込めます。
これまでは、自分を守ってくれるための守り印でした。
けれど、
「守ってもらうだけではなくて……わたしも、あなたを守れるように」
自分も大切なものを守る側になりたい。
そう願い、ソレイユと新しい約束を交わします。
けれど前日の夕方、腕輪とともに置かれていた薄紅の岩塩が、いつの間にか消えていました。
厩務員のトマスへ尋ねても、彼は明らかに何かを抱えています。
セラフィナはそれ以上追いつめず、
「困ることは聞きません。ただ……ソレイユは穏やかでしたか」
とだけ尋ねます。
トマスは、ソレイユは落ち着いており、
「優しい方に会えたのだと思います」
と答えます。
その言葉から、セラフィナは遠くにいるノアの想いが届いたように感じます。
同時に、難しい立場の中でできる限りの配慮をしてくれるトマスのことも受け取ります。
父の恐怖。
姉の拒絶。
聖女選定の重圧。
それでも、ここには三つの支えがある。
そう感じながら、セラフィナは朝より軽い足取りで厩舎を後にします。
Ⅲ
一人だけを迎えるという誓い
同じころ、継星の館では、アルディス、クレヴァン、イリオスが、近衛騎士カシスとセリーナに生じた《結香》について話し合います。
二人は互いを選び、神にも認められました。
けれど香姫である間の恋愛は禁じられており、香ひらきの夜も本来は一人で過ごす時間です。
さらに神殿にとって香姫は、長い年月と費用をかけて育て、降嫁の際の結納金にもつながる存在でした。
結香によってその予定が崩れたことも、神殿が素直に祝えない理由になっています。
アルディスは、公の立場から処分なしにはできないと判断します。
ただし処分は、しばしの謹慎と配置換え。
二人を引き離すためではなく、互いと向き合う時間を与えるものにします。
そして個人としては、
「愛する者と結ばれる。困難の最中でも、互いを選ぶ」
その選択を羨ましいと思い、祝福します。
王族である自分の婚姻が、同じように叶うとは限らない。
それでも、いつか心から愛する人と出会えるなら、その一人だけを選びたい。
「俺が愛する妃は、一人だけでいい」
複数の妃を迎え、香を比べるような場所にはしたくない。
アルディスはその思いをクレヴァンとイリオスへ告げます。
さらに、未来の王太子妃を迎える日が来ても、自分の弱さまで知る二人の目が届く場所として封星の庭を残したいと頼みます。
密談のあと、三人は東回廊の最奥にある《正妃の香室》へ向かいます。
まだ使われる予定のない部屋ですが、館付きの侍従は変わらず手入れを続けていました。
「殿下、いつでもお迎えできるよう備えるのが務めにございます」
「いずれ住まわれる方のために」
軍務へ転用された継星の館の中で、その香室だけは、本来の役目のまま未来の妃を待っています。
夜になると、香塔の聖女塔でも聖女選定へ向けた会議が行われます。
グレイオスとヴァルドたちは、五十名の候補が選ばれたことを確認します。
カミュールによる星読もすでに終わっていました。
けれど、その結果が公に報告されるのは翌日の迎暦評定です。
聖女不在が長く続くなか、香塔側にも今年こそ結果を出さなければならないという焦りがあります。
「我らの“愛”が、必ず星を動かす」
その言葉を残し、香塔も翌日の評定へ備えます。
Ⅳ
伏せられていた星読が、盤面へ置かれる
翌日。
王宮の評定殿に、王権、神殿、香塔が集まり、迎暦協議評定が開かれます。
王都では水路や穀倉、市井の暮らしに問題が出始めていました。
神殿では香蜜の減少や結界の薄れ。
香塔でも原材や星蜜の不足が報告されます。
聖女不在の二十三年は、王国の各所へ少しずつ影を落としていました。
そのなかでアルディスは、北辺のセヴェラン砦について報告します。
ノクタリア辺境では停戦が成立し、砦は恒久拠点として安定しつつあります。
一方、周辺では旧ノクタリア神殿の遺構が見つかり、十二神の体系では扱いにくい香の残響も残されています。
香塔から遺構への調査参加を求められますが、アルディスは不用意に触れれば遺構そのものを損ないかねないとして、現状では立ち入りを認めません。
カシウスから、
「王太子は、そこで何を守るつもりだ」
と問われ、
「辺境を」
と答えます。
そして評定の中心は、今年の星読へ移ります。
カミュールが示した双子星《タウライア》は、五百年で三度しか現れていない特異な配置でした。
過去にも歴史の転換期に現れた星並び。
今年は、一人ではなく二柱の聖女が現れる可能性がある。
その星言葉は、
「古い契りが蘇る時」
星は未来を決めるものではない。
兆しを示すだけ。
その機会をどう受け取るかは、人に委ねられます。
星が強く示した候補は、リュミエール家の双子――エヴァリエとセラフィナでした。
エヴァリエには赤薔神。
薔薇香は一つの香に思えて、実際には微かに異なる薔薇が幾重にも重なる複合香。
祈りや儀式に対する敬虔さも高く評価されています。
一方、セラフィナは五年前に黄菊神と判定されていました。
ところが現在の星では、亡き母リリカと同じ青椿神との縁が急激に強まっています。
「……青椿、神……」
その名を聞いた瞬間、ダリウスの顔から血の気が引き、左手が震えます。
アルディスは、普段の彼にはない反応を見逃しません。
さらにセラフィナの苺香は、ほかの香が混じらない純粋な単香であることも説明されます。
神殿での問答では、
「困っている人の涙を拭いたい」
と語り、民への救済を聖女の務めとして望んでいました。
星読の報告が終わったところで、アルディスとクレヴァンは、すでに調べていた候補者の失踪を評定の卓へ持ち出します。
第三夜《星結》を終えたあとに消えた候補者は、直近四年で四名。
事実そのものはすでに把握しています。
ここでの狙いは、それを初めて知ることではなく、三権の席にいる者たちがどう反応するかを見ることでした。
候補の安全確保が議題となり、三夜へ立ち会う王権代表の分担も正式に決まります。
第一夜《星禊》と第三夜《星結》は、カシウス。
第二夜《星語》は、アルディス。
ただし立ち会えるのは前室まで。
儀式が始まれば、出入りも、扉の開閉も、候補への声掛けも認められません。
それでもアルディスは、これまで外側からしか見られなかった聖女選定の第二夜へ、自分の目を置く場所を得ます。
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